経済学雑感

経済学者です。

楽天の送料無料化問題の経済学的な考察

楽天の送料無料化問題が公取案件になりそうで、何かと話題になっている。
(日経の記事
www.nikkei.com
などを参照してください。)

こういうときに、公取楽天・出品者が経済学的な分析で自説を展開してくれれば面白いのにと思うものの、実際には何か違う(法的な?)根拠で是非が判断されるのだろう。
結構面白い問題だから自分がそれぞれの立場だったらどういう論を展開するのか考えてみた。

僕自身の意見

僕はどちらかと言うと社会厚生を損ねている気がするから反対。

自分が楽天側だったら

報道によると、楽天側の主張としては

  • 送料を無料化しても、その分価格に転嫁すれば実質的には無料化前後で何も変わらない。
  • 送料の透明化による消費者の購買意欲の増加

というようなことを言っているようだ。

僕も同じような主張をするだろうなと思う。
自分だったら以下のような論を展開するとおもう。

1.
そもそも、消費者は価格と送料を合わせた実質的な支払額を気にしているはずだ。
Xという価格で送料がYであるような商品に送料無料化を義務付けたとしても、出品者はX+Yという価格で売れば以前と同じだ。
むしろ、送料無料の出品者と送料別の出品者が混在している状況は、消費者の商品検索に混乱を生む。
無料化を義務付けることで、送料をわかりにくくするDeceptiveなPracticeを排除できる効果も期待できる。
送料無料化が価格の透明性を高め、健全な競争を促進するだろう。
2.
また、送料が明確になることで購買意欲が高まる。
送料無料化が適用される価格が明確なことで、「その金額に到達するまで買う」というインセンティブが生まれるので、売り上げが伸びる。

1.に関しては、ある程度説得力があるような気もするけど、あまり経済学的な議論でもないかな。そもそも、価格が透明だと健全な競争が促進されるという命題に経済学的なバックグラウンドはなさそう。

2.に関しては、完全に実証的な問題だ。
自分が楽天だったら、事前に実験して実証的なエビデンスを用意するだろう。
適当に出品者のリストを作ってその中からランダマイズしたうえで「当方で送料を負担するので、XXX円以上で”送料無料”というキャンペーンをしませんか?」と出品者にアプローチして、送料無料化が売り上げ増加に貢献するのか実証的な証拠を用意してから主張を展開するのが経済学的なアプローチだろう。
最悪事前に実験できなかったとしても、せめてObservational Dataから送料無料化の効果を測定するような分析はするかな。
今でも「XXX円以上で送料無料」を自発的に行っている出品者はいるのだから、そういう出品者とそうでない出品者の売り上げを何らかの方法で比べて、送料無料化が売り上げに貢献しているエビデンスを集めると思う。
むしろ、何のエビデンスもなしに2.の主張を展開されても、「本当に売り上げに貢献するならOpt-inするような仕組みを用意するだけで十分で、強制する必要がない。送料無料化を強制させようとする姿勢そのものが、あまり売り上げに貢献しないことをImplyしている」って反論されたときに返す言葉がないような気がする。

自分が公取(もしくは出品者)だったら

とりあえず、上の最後に書いたことは主張する。
本当に出品者と楽天Win-winな仕組みならOpt-inするような仕組みで十分なはずで、強制はおかしい。

また、送料の無料化は、実質的に小額取引への値上げに繋がる。
非現実的だけど、以下のような例を考えよう。

  • ある出品者が限界費用2000円の商品を売っている。
  • 一つあたりの送料は500円かかる。
  • 消費者は二人に一人は一個しか買わないが、二人に一人は二個商品を買う。
  • 出品者間の競争が激しくて完全競争に近く、出品者の利潤は0になっている。
送料を別に請求できる場合

出品者間の競争が激しいので、価格は限界費用と一致し、消費者が実質的に支払う価格は限界費用+送料=2000+500=2500になる。
楽天が受け取る手数料を所与とすると)価格=限界費用が実現するので効率的な資源配分が実現する。

3980円以上送料無料の場合

二つ買う消費者は送料無料で買える一方、一個しか買わない消費者は送料を払う必要がある。
出品者が価格pをつけて、確率1/2で一個買う消費者がきて送料と価格を受け取り、確率1/2で二個買う消費者がきて送料を受け取れない。
利潤が0になるには以下の式が成立しているはずだ。
 1/2 (p+500 - 2500) +1/2 ( 2p - 5000) = 0 \Rightarrow p = 7000/3 \simeq 2333
一個しか買わない人には333円の値上げで、二個買う人には333円の値下げになる。
つまり、小額購入者から高額購入者への所得移転になっている。


この例では、価格のElasticityが無いような消費者を想定したので、所得移転が生まれただけで非効率性は生じない。
ただ、普通の需要関数を想定して購買量が違うタイプの消費者を想定しても似たような結果(一個あたりの価格の値上げ)になり、その場合、価格=限界費用でなくなり、資源配分に非効率性が生じる。
どれぐらい資源配分に非効率性が生じるかは、

  • 送料が個数に対してProportionalか(送料に関して)Scale Economyがあるか
  • 出品者がMarket Powerを持っているか

に依存する。
簡単なモデルをいくつか解いてみたけど、消費者全員損するような場合もあった。
基本的には、実際かかる送料を請求できないせいで資源配分の歪みが生じるのは変わらなさそうだった。

結論

経済学的にナイーブなモデルを考えると、送料無料によって直接送料を消費者に転嫁できないのは資源配分にゆがみを生じさせる気がする。
一方で、「送料を隠すことで不当に安い印象を与える」という感じのDeceptive practiceを防いだり、送料無料化による購買意欲の向上などには一理あるかもしれない。
ただ、前者は楽天側が検索の際に「価格+送料」が明確に表示されるようにすればいいし、後者に関しては楽天が積極的にエビデンスを提示する必要があると思う。

以上の理由で、どっちかというと公取に頑張って取り締まって欲しいと思っている。