新型コロナ対策の経済学
林先生の提言が話題だ。
www.newsweekjapan.jp
経済学的なBackgroundを考えると理解できる部分も多い。
基本的な経済学のモデルでは、「消費者」はリスク回避的で「企業」はリスク中立であることを仮定する。
アセットプライシングとかをやってると、直面するパラドックスとして
- 市場の効率性を考えると企業はリスク中立的であるべきだ。(マーケットリターンと相関していない、いかなるリスクもヘッジするべきでない)
- 一方、企業はリスク回避的な行動をとっているように見える
というものがある。
標準的な経済学的な理解としては、無駄なリスクを企業がとってるのが”謎”に見える。
一方、現実的には企業も支援すべきだと思う。リスク中立的な企業は倒産の社会的なコストを考えないことによって、社会厚生を損ねている可能性がある。
なぜなら
- 企業の倒産に際して、Default Costが生じる。それらは社会的なコストである。
- 企業SpecificなHuman Capitalが存在する。倒産によってそれらが失われるのは社会的なコストである。
そう考えると、両者を考慮して産業ごとに支援するか決めるべきのような気がする。
たとえば、国民民主党の玉木代表は以下のように述べている。
苦しい大家さんが「来年度」の固定資産税を減免されることで救われますか?それでテナントさんの家賃を猶予する十分なインセンティブになりますか?損金参入についても家賃収入が減れば法人税負担は自然と減るので効果は限定的でしょう。政府の政策も否定しませんが、ぜひ家賃支払い猶予法に協力を! https://t.co/1WDIX4h7cL
— 玉木雄一郎🍵 田中けん42才@静岡4区 (@tamakiyuichiro) 2020年4月18日
不動産業に企業特殊的な人的資本の蓄積があるかどうかは微妙だと思う。
所有者が破産しても失われるものがあるかは、(当然業態によるが)あまりない気がする。
そう考えると、大家さんと支援する必要はなさそうだ。
一方、製造業や建設業など、企業SpecificなHuman Resourceが存在しそうな産業は支援した方がいい気がする。
林先生の主張は、ややナイーブな経済理論に基づいているような気がするので賛成しかねる、というのが率直な感想だ。
楽天の送料無料化問題の経済学的な考察
楽天の送料無料化問題が公取案件になりそうで、何かと話題になっている。
(日経の記事
www.nikkei.com
などを参照してください。)
こういうときに、公取・楽天・出品者が経済学的な分析で自説を展開してくれれば面白いのにと思うものの、実際には何か違う(法的な?)根拠で是非が判断されるのだろう。
結構面白い問題だから自分がそれぞれの立場だったらどういう論を展開するのか考えてみた。
僕自身の意見
僕はどちらかと言うと社会厚生を損ねている気がするから反対。
自分が楽天側だったら
報道によると、楽天側の主張としては
- 送料を無料化しても、その分価格に転嫁すれば実質的には無料化前後で何も変わらない。
- 送料の透明化による消費者の購買意欲の増加
というようなことを言っているようだ。
僕も同じような主張をするだろうなと思う。
自分だったら以下のような論を展開するとおもう。
1.
そもそも、消費者は価格と送料を合わせた実質的な支払額を気にしているはずだ。
Xという価格で送料がYであるような商品に送料無料化を義務付けたとしても、出品者はX+Yという価格で売れば以前と同じだ。
むしろ、送料無料の出品者と送料別の出品者が混在している状況は、消費者の商品検索に混乱を生む。
無料化を義務付けることで、送料をわかりにくくするDeceptiveなPracticeを排除できる効果も期待できる。
送料無料化が価格の透明性を高め、健全な競争を促進するだろう。
2.
また、送料が明確になることで購買意欲が高まる。
送料無料化が適用される価格が明確なことで、「その金額に到達するまで買う」というインセンティブが生まれるので、売り上げが伸びる。
1.に関しては、ある程度説得力があるような気もするけど、あまり経済学的な議論でもないかな。そもそも、価格が透明だと健全な競争が促進されるという命題に経済学的なバックグラウンドはなさそう。
2.に関しては、完全に実証的な問題だ。
自分が楽天だったら、事前に実験して実証的なエビデンスを用意するだろう。
適当に出品者のリストを作ってその中からランダマイズしたうえで「当方で送料を負担するので、XXX円以上で”送料無料”というキャンペーンをしませんか?」と出品者にアプローチして、送料無料化が売り上げ増加に貢献するのか実証的な証拠を用意してから主張を展開するのが経済学的なアプローチだろう。
最悪事前に実験できなかったとしても、せめてObservational Dataから送料無料化の効果を測定するような分析はするかな。
今でも「XXX円以上で送料無料」を自発的に行っている出品者はいるのだから、そういう出品者とそうでない出品者の売り上げを何らかの方法で比べて、送料無料化が売り上げに貢献しているエビデンスを集めると思う。
むしろ、何のエビデンスもなしに2.の主張を展開されても、「本当に売り上げに貢献するならOpt-inするような仕組みを用意するだけで十分で、強制する必要がない。送料無料化を強制させようとする姿勢そのものが、あまり売り上げに貢献しないことをImplyしている」って反論されたときに返す言葉がないような気がする。
自分が公取(もしくは出品者)だったら
とりあえず、上の最後に書いたことは主張する。
本当に出品者と楽天でWin-winな仕組みならOpt-inするような仕組みで十分なはずで、強制はおかしい。
また、送料の無料化は、実質的に小額取引への値上げに繋がる。
非現実的だけど、以下のような例を考えよう。
- ある出品者が限界費用2000円の商品を売っている。
- 一つあたりの送料は500円かかる。
- 消費者は二人に一人は一個しか買わないが、二人に一人は二個商品を買う。
- 出品者間の競争が激しくて完全競争に近く、出品者の利潤は0になっている。
送料を別に請求できる場合
出品者間の競争が激しいので、価格は限界費用と一致し、消費者が実質的に支払う価格は限界費用+送料=2000+500=2500になる。
(楽天が受け取る手数料を所与とすると)価格=限界費用が実現するので効率的な資源配分が実現する。
3980円以上送料無料の場合
二つ買う消費者は送料無料で買える一方、一個しか買わない消費者は送料を払う必要がある。
出品者が価格pをつけて、確率1/2で一個買う消費者がきて送料と価格を受け取り、確率1/2で二個買う消費者がきて送料を受け取れない。
利潤が0になるには以下の式が成立しているはずだ。
一個しか買わない人には333円の値上げで、二個買う人には333円の値下げになる。
つまり、小額購入者から高額購入者への所得移転になっている。
この例では、価格のElasticityが無いような消費者を想定したので、所得移転が生まれただけで非効率性は生じない。
ただ、普通の需要関数を想定して購買量が違うタイプの消費者を想定しても似たような結果(一個あたりの価格の値上げ)になり、その場合、価格=限界費用でなくなり、資源配分に非効率性が生じる。
どれぐらい資源配分に非効率性が生じるかは、
- 送料が個数に対してProportionalか(送料に関して)Scale Economyがあるか
- 出品者がMarket Powerを持っているか
に依存する。
簡単なモデルをいくつか解いてみたけど、消費者全員損するような場合もあった。
基本的には、実際かかる送料を請求できないせいで資源配分の歪みが生じるのは変わらなさそうだった。
住居選択の経済学的考察:修繕積立費・管理費
修繕積立費・管理費雑感
マンションを探していて初めて知ったことのうちの一つに「修繕積立費と管理費は物件ごとにかなりばらつきがある」ということだ。
正直なところ、なんでこんなに物件ごとに費用が違うのかよくわからない。
結局買った物件は、65平米ぐらいで管理費・修繕積立費がそれぞれ1万円ぐらいだった。
物件探し中に冷やかしに見に行った物件「シティータワー・ルフォン九段の杜」だと、70平米の物件で管理費35,000円、修繕積立費41,000円で、合わせて月に7,6000円かかるようだ。*1
7,6000円あったら新しく部屋借りれるんじゃん?っていうレベルの額だ。
管理費に関しては、
- 24時間有人の管理人がいる
- 各階でゴミ出しできる
とかで結構変わってくるように思う。
修繕積立費に関しては、素人では判断しようがないので「まともな長期修繕計画があれば良さそう」ぐらいに思っている。
修繕積立費・管理費と物件価格
物件価格はストックの価格で、修繕積立費・管理費はフローの費用なので、いまいち比べにくい。
例えば、二つの物件AとBで迷っているとする。物件としては両者が同じぐらい魅力的だと思っているとする。
Aの修繕積立費・管理費が2万円、Bの修繕積立費・管理費が5万円だったら、どっちを買うべきか?
AとBが同じぐらい魅力的で価格が同じだったらAの方がランニングコストが低いからAを買うべきだ。
では、BがAよりいくら安ければBを買うべきだろうか?
まずは簡単なケースで修繕積立費・管理費とストックの価格を比べる方法を考えてみる。
30年で住み替えると想定する場合
1%の利率で30年ローンを組むと、だいたい300万円借りると月々の返済が1万円になる。
AとBの修繕積立費・管理費の合計は3万円の差があるので、3×300=900万円の差が物件価格にあれば、毎月の返済額は同一になる。
自分が物件価格と修繕積立費・管理費を比べるときには、この方法で考えてた。
だいたい月のコスト1万円を物件価格300万に変換してランニングコストが違う物件同士を比較していた。
若干正確じゃないとは思う。でも、簡単だし、まぁ、だいたいあってるかなぁと思う。
全部フローに直す
前の記事住居選択の経済学的考察:賃貸VS購入 - 経済学雑感
でも書いたけど、経済学者的には全部をリアルコストに変換した方が理解しやすい。
例えば、物件価格の1.5%が物件の経年劣化ならば、リアルなコストが物件価格の1.5%+修繕積立費・管理費(+その他ランニングコスト)になるわけだ。
まず、月に1万円の修繕積立費・管理費の差は、年に12万円の差になる。
次に、物件価格が100万円高ければ、経年劣化のリアルコストがプラス1.5万円になる。
住宅ローンの利率が1%なら、プラス1万円。
結構考えるのがめんどくさいのが、不動産会社に払う手数料
売買手数料も考えると、+3%(売って買うことを考えると+6%)の差がでるのんだけど、これはフローのコストじゃない。
色々めんどくさいので適当に、リアルコストが全部でプラス3万円ぐらいっていうことにしよう。
そうすると、物件価格が12÷3×100=400万円違うと月のランニングコスト1万円の差に対応するということになる。
なぜ二つの手法で額が異なるのか?
前者では、「返済額が同一になる」という点から1万円の差を考えたが、経済学的には全く正しくない議論だ。
そもそも、必ず35年住み続けるわけではない。
そして、35年で住み替えたとして、リセールバリューが違うので、それを考慮していない。
前者がランニングコストを過大評価している(400万>300万)最大の要因は、リセールバリューを考えていないことだと思う。
物件価格が100万円高ければ、35年後のマーケットバリューも高いはずだ。
住宅ローンの利率が低いことを前提にすると、物件価格が高いことのデメリットはあまりない。
一方、後者は経済学っぽい均衡概念を使っている。つまり、買った物件はマーケットのフェアバリューだし、いつでも自分の好きな時にまたフェアバリューで売れるという(非現実的な)仮定をしているのだ。
まとめ
自分の意思決定の際には、だいたい「月に1万円の修繕積立費・管理費の差は、物件価格に直すと300万円の差」と思って物件を検討していた。
*1:正確には、修繕積立費は最初の5年は5,000円、6から10年目は19,000円、11から15年目は33,000円、それ以降は41,000円みたいだ。
合併:学術文献
企業結合は経済学に限らずものすごくたくさん研究されている。
経済学に限っても、全体を完全に把握するのは僕には不可能だ。
とりあえず、頑張って少しまとめてみた。
(もともと英語でまとめていたので、やる気が出たら日本語にします。)
企業結合一般
- Ashenfelter et al (2014, The Journal of Law & Economics):すごく助かるサーベイ論文。色んな産業ごとに合併の効果の研究をまとめてくれてる。http://www.nber.org/papers/w19939.pdf
- 経済学だけでなく、マネジメントやファイナンスの観点からのサーベイ。これも助かるんだけど、やっぱり経済学っぽく書いてくれないと読みにくい。 Haleblian et al (2009, Journal of Management), "Taking Stock of What We Know About Mergers and Acquisitions: A Review and Research Agenda", http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0149206308330554
銀行の合併
- Focarelli and Panetta (2003, AER), https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/000282803769206241
- Allen et al (2014, AER), https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/aer.104.10.3365
- カナダの銀行合併のデータを使って、住宅ローン市場への影響を見ている。
- 合併によって競争の度合いは下がるが、結果として(1)住宅ローン利率の(銀行間の)ばらつきは小さくなる (2) 利率は上がる
- 住宅ローン市場はサーチ市場だと考えられるが、サーチ理論から出てくるImplicationと整合的な結果になってる。
- 識別のソースは、「銀行 A は地域 1 と 2 、銀行Bは地域1のみで営業しているとしている。AとBが合併したときに、Post-Mergerで利率の分布が地域1と地域2でどのように変化するかの差をみる」という感じ。
- Erel (2011, RFS), https://doi.org/10.1093/rfs/hhp034
- 合併によってローンスプレッドは減少する。Post-mergerの費用減少が大きいほどスプレッドの減少も大きい。
- 合併した銀行同士の市場の(地理的な)重なりのローンスプレッドへの影響は単調ではない。
- 市場の重なりが大きいほど費用減少も大きい。結果としてローンスプレッドも減少する。ただ、重なりが大きくなりすぎると、市場支配力が高まるせいか、ローンスプレッドは上昇に転じる。
- FRBが持ってる機密データを使った研究。
Ex-post Merger Studies on Other Markets
- Dafny, Duggan, and Ramanarayanam (2012, AER), https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/aer.102.2.1161
- Using a single mega-merger of health insurers.
- Higher concentration leads to higher premiums and also the exercise of monopsonistic power on physicians.
Determinants of Mergers
Not much study. Some structural work. Generally, people follow the structural estimation of matching models as in Fox (2010, QE), https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.3982/QE823
- One reduced form paper. Focarelli et al (2003, JMBC), https://www.jstor.org/stable/3270727
- Looking at the Italian banking industry.
- Studying how bank characteristics affect the likelihood of being a buyer or a target, but no pair characteristics.
- Some post-merger analysis using balance sheet data.
- Akkus et al (2015, Management Science), https://pubsonline.informs.org/doi/abs/10.1287/mnsc.2015.2245
- Estimating a "merger value function".
- Take the set of buyers and targets. Create all possible combination of them. The observed merger pair should give higher "utility," which identifies what characteristics of firms induces merger.
- Uetake and Watanabe(2017, Working paper), https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2188581
- Estimate a two-sided matching model.
- Unlike Akkus et al, some kind of externality (from competition) of merger is incorporated.
- Those two structural papers adopt reduced form profit function and no "real" connection to subsequent market outcome.
Mergers in IO
- This is also a large literature and too large to follow. Many works in the airline industry.
- Typically, looks at only a few (or even just one) mergers to see price changes before and after the mergers. Cost changes are typically inferred from price changes through FOC (as in BLP).
- Miller and Weinberg (2017, EMCA), https://www.econometricsociety.org/publications/econometrica/2017/11/01/understanding-price-effects-millercoors-joint-venture
- Look at Miller-Coors joint venture.
- They find that the price increase is large and cannot be justified by simple concentration story. Rather, they suggest the merger induce collusion.
- In terms of estimation technique, infer MC and Mark-up from FOCs as in BLP.
- Jeziorski (2014, Rand), https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/1756-2171.12072
- Maybe closest to excess branch idea. Mergers help reduce fixed cost.
- It investigate on the cost efficiency coming from scale economies, i.e., owning multiple station reduces fixed cost.
- Build and estimate a dynamic model of M&A and product positioning. Really complicated.
- My impression is that building structural model of mergers are difficult.
- Some more important (static) papers: Nevo (2000, Rand), Pinkse and Slade (2004, EER), Ivaldi and Verboven (2005, IJIO)
- Typically, people exploit either geographical variation (Ashenfelter et al, 2015, Rand, https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/1756-2171.12092) or variation in product lines (Ohashi and Toyama, 2017, Journal of International Economics, https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022199617300387).
コーポレートファイナンスの合併の論文
- 死ぬほどうんこクオリティーの論文が多くて、とてもじゃないけど読む気にもまとめる気にもならない。
- 一番多いのは、財務諸表のデータを使って雑に回帰式を推定している。
- 全体的な印象としては、「結局ケースバイケース!」って感じ。
銀行合併:地銀再編
最近、地銀再編が話題だけど、そもそも銀行合併って何が問題なのか。
金融庁も地銀の経営統合と独占禁止法の適用についてのメモを公開している。(PDF注意)
ここでは、自分の理解をメモ代わりにまとめてみる。(まだ未完で、時間があれば加筆しようと思っている。)
銀行に限らず、合併では
- 合併による競争の減少
- 合併による効率性の向上
- 合併を促すことの是非
が主な論点になると思う。
あくまで経済学的な観点からの論点だけど。
合併の競争への影響
これも細かく分けると、いくつか論点がありえると思う。
- 合併がどれぐらい競争を減少させるか。どの程度の合併なら許容するべきか
- 銀行という市場特有の問題
- 合併が競争に与えるのはどの市場なのか?
- そもそも競争がある方が好ましいのか?
合併がどの程度競争を減少させるか
合併の価格への効果に関しては、たくさん先行研究がある。
結構まとめるのも大変なので、後日別の記事を書こうと思う。
「価格が上がるケースが多いようだけど、結構ケースバイケース」というのが僕の認識だ。
合併の他の効果(品質の低下など)については、あまりよく分かってないという理解だ。
(航空業界ではいくつか論文があるのを知っていて、「合併によって定時運行率が下がる」っていう研究があるようだけど、重要な問題に説得的に答えているという気はあんまりしない。一番説得的だと思ったのは、Paul J. Eliason, Benjamin Heebsh, Ryan C. McDevitt and James W Robertsが書いてるHow Acquisitions Affect Firm Behavior and Performance: Evidence from the Dialysis Industry。病院が買収されると、看護師のクオリティーを下げたり、利益率の高い薬を処方したりするようになるらしい。)
より実務上重要なのは、「どの程度、競争が阻害されることを許容すべきか」という点だと思う。
一般的には、HHIを阻害の程度を代理変数にして、HHIによるスクリーニングで許容するかしないか決めている。
例えば、公正取引委員会の企業結合ガイドラインでは、合併後のHHIと合併前後のHHIの変分をみて
の場合、企業結合が競争をただちに阻害することはないとして合併を認めている。
なぜHHIをみるのか?
最も教科書的な理解としては、HHIが産業全体のマークアップを示す代理変数だからだ。
それぞれ限界費用の異なるN企業が同質財市場でクールノー競争をしていたと仮定すると、
という関係がFOCから得られる。(sはマーケットシェア、mcは限界費用、εは需要弾力性)
HHIが高いほうが産業全体でのマークアップが高いので好ましくない、という論理だ。
より最近の論文では、例えば、Volker NockeとNicolas Schutzの論文, An Aggregative Games Approach to Merger Analysis in
Multiproduct-Firm Oligopoly,でHHIが企業結合による独占力増分の近似になっていて、社会厚生の阻害の度合いへの代理変数としても使えることを示している。
ただ、結局これらは「ある仮定のもとで理論的に正しい」ということで、HHIが合併審査に使われる実証的な正当性を与えているわけではない。
僕の知る範囲で、HHIで企業結合の是非を判断することに関する実証的な研究は存在しない。
HHIをどうやって測るのか?
実務上、HHIを測るのは容易ではない。
正直に書くと、あまり僕自身も詳しくない。
一般的に「市場」を誰の目にも明らかなように定義するのは非常に難しい。
例えば、マクドナルドのハンバーガーはどの市場に属しているのだろうか?マクドナルドがバーガーキングを買収しようとしたときに、HHIはどう計算されるべきだろうか?
市場を、「ハンバーガーチェーン」として定義すると、合併によってHHIはすごく大きくなりそうである。
一方で、消費者は容易に他のファストフードでマクドナルドを代替できるとも考えられる。マクドナルドのハンバーガーが高ければケンタッキーに行けばよい。そう考えると、マクドナルドが独占力を行使する余地も低いし、市場は「ファストフードチェーン」として定義されるべきかもしれない。
さらにいうと、消費者はファストフードチェーン以外にも外食のオプションがあり、それらはハンバーガーと代替的であるともいえる。
そうすると、対象とするべき市場は「外食産業全体」であるかもしれない。
それぞれのケースでHHIの値は大きく異なることが容易に推察される。
過去の例では、(合併ではないけど)アルミニウムの市場における過去の反トラストケースで、「新しく精製されたアルミニウムだけが市場」か「リサイクルされたアルミニウムも市場に含まれるか」が裁判で争われたこともある。
アメリカでは、問題になりそうな合併に際して企業側がエコノミストを雇うことが一般的だが、「いかに経済学的なバックグラウンドを使って企業側に有利なようにHHIを定義できるか」というのが彼ら腕の見せ所でもあると思う。
銀行という市場特有の問題
銀行の合併特有っぽい問題を考えてみる。
合併が競争に与えるのはどの市場なのか?
銀行が提供する財・サービスは、通常とことなる。
一方で預金者から預金を集め、もう一方でそれを貸し付けたり債権を買ったりする。仲介者としての役割が大きいと思う。
そのため、銀行の合併を考えるとき、両サイドを考える必要があると思われる。さらに貸出側を細かく分けると、
- 預金市場に与える影響
- 貸出市場に与える影響
- 個人向け貸出
- 中小企業向け貸出
- Middle Market Lending(適切な日本語訳が見つからなかった)
- 大規模貸出
- 住宅ローン
あたりだろうか。
ちなみに、米国の銀行合併の審査では、FRBは主に預金市場を、DOJは預金市場・Small Business Lending・Middle Market Lending・Mortgage Lendingあたりをみてる。
より詳しくは、これに関しても後日記事を書こうと思う。
銀行合併はどの市場に影響を与え、合併審査はどの市場を重視するべきだろうか。
例えば、預金市場でのHHIが著しく増大するが中小企業融資のHHIは変化しないような合併があったとして、公正取引委員会は排除命令を出すべきだろうか。
また、各市場をどのように定義すべきだろうか。
- 融資市場をどう定義するか?
- 地理的に市場をどう定義するか?
前者に関しては、貸出額や貸出先の売上やEBITAで分けることが多いと思う。
経済学の先行研究では、預金市場や中小企業向け融資は地域性が強い一方、大規模な貸出は地域性が薄いことが知られている。
実務的には、どう分けるっていうのはやっぱり難しい問題なんだと思う。
(米国では(FRBのレビューだと)かなり正確な”市場”の定義が規制側にも企業側にも明確に共有されている。)
そもそも競争がある方が好ましいのか?
銀行は他の財・サービスの市場と異なり、情報の非対称性が非常に重要である。
お金の借り手は貸し手に比べてより(事業の採算性や返済能力などについて)多くの情報をもっている。
そのような情報の非対称性が存在する市場では、通常成り立つような市場の良い性質が成り立たないことがよく知られている。
Financeの先行研究を掘れば死ぬほどいっぱい色んな論点が出てくると思うけど、貸出市場では貸手側の競争が必ずしもいいとは限らない。
- 独占的に貸し出すことで借り手の情報を蓄積することができ、情報の非対称性を解消できる
- 長期的な視点で考えると、貸し手側が競争的だと長期的な利益を見越した融資をするインセンティブが損なわれる。
後者は、例えばthe long term project mechanism と呼ばれてPetersen and Rajan (1995)とか Boot and Thakor (2000)で指摘されている。
また、通常のメカニズムに加えて、競争がないのが良くないっていう論点もある。
例えば、the Charter Value Hypothesisと呼ばれる仮説で、競争がないと銀行はよりリスクを取らなくなるのではないかという論点もある。
実証的には、競争の有無が銀行のパフォーマンスにどう影響するかっていうのは良くわかっていないと思う。
合併による効率性の向上
主な問題は、(競争の減少によるマークアップの上昇以外に)銀行はなぜ合併したいのか?ってことなわけだが、はっきり言って、(経済学的にって意味だけど)実証的になぜ合併が効率性を向上させるかってほとんど分かっていないと思う。
まぁ、はっきり言ってよくわからない。
経済学的ルーレット必勝法
ギャンブルに対する経済学的なアプローチは、参加者のバイアスを利用して勝つっていう方向性しかないと思う。
ギャンブルが基本的にゼロサムゲームである以上、「リスク回避的もしくはリスクニュートラルで合理的な参加者が(何かしらの意味での)均衡状態で参加している」ことを仮定したら、必勝法など存在しない。
経済学的なアプローチでギャンブルに勝つには、基本的に参加者が持つ認知や行動のバイアスを利用するしかない。
例えば、競馬とかだと、自分で予想のアルゴリズムを作って100%以上の回収率を実現している人もいる。
AIによる競馬予想とかも真面目に研究されてると思う。(例えばこれとか。)
これも基本的には、馬券を買う人たちが
- 存在している全ての情報を適切に予想に利用することが難しい(認知のバイアス)
- ゲンを担いだり、好きな馬の馬券を買ったり、必ずしも(期待値を最大化するという意味で)合理的に行動しない(行動のバイアス)
ことを利用している。
ルーレット必勝法
ここでは、僕が編み出したルーレット必勝法を紹介しようと思う。
僕は今まで二回カジノに行ったことがあるけど、実際二回とも5000円ぐらい勝った。
(少し先走ると、「小額勝った」というのも必然的な帰結だったかなと思っている。)
ルーレットのルール
簡単にルーレットのルールを説明しようと思ったけど、Wikipediaの記事でも読んでください。
前提条件
親戚がプロのギャンブラー*1だという友人に聞いた話なのでやや眉唾なのだが、どんなに運にしか見えないようなギャンブルでも、プロは素人相手なら必ず勝つことを求められるらしい。
大小みたいなギャンブルでも、ある程度は客のかけ方を予想して勝てるようにサイコロの出目をコントロールできるらしい。
ルーレットでも、客のかけ方を予想していて、ある程度だす数字を狙う*2らしい。嘘か本当かは知らないけど。
というわけで、以下の条件を仮定する。
- ディーラは卓の参加者の賭けかたを予想できる。(当然、自分の賭けかたも読まれている)
- 0と00の目の分だけディーラーは勝つが、ディーラーはそれ以上の確率で勝てるように出目をコントロールする
- ディーラー以外の卓の参加者は必ずしも期待値を最大化するように賭けているわけではない。
当然だけど、教科書的な均衡概念からは逸脱する。上にも書いたけど、均衡分析を前提としたらギャンブルに必勝法など存在しない。
赤と黒しかない場合
単純化して赤と黒しかない場合を考えよう。
ディーラーが参加者の賭けかたを予想して赤か黒を出しているとする。
ディーラは赤と黒、より賭け金の少ない方の色を出そうとするだろう。
例えば、ベットの終了間際、赤に1万円、黒に2万円賭けられているとする。
今自分が千円賭けるとしたら赤と黒どちらに賭けるべきだろうか。
ディーラーが勝つように出目をコントロールしていて、ディーラーの予想が平均的に正しいと仮定すると、平均的には赤に賭けた方が当たる確率が高くなるはずだ。
つまり、僕が提唱したい必勝法とは、「卓全体をみて、ディーラーが勝つような出目に賭ける」というものだ。
ディーラーが卓をコントロールしているなら、ディーラーと利害が一致するような賭けかたをすれば自分も平均的には勝てるはずである。
ここで注意したいのは、勝てたとしても必然的に小額しか勝てないという点だ。
例えば、上の状況で自分が2万円賭けようとしているとする。
自分が赤に賭けようが黒に賭けようが、自分が賭けた色の方が賭け金が大きくなる。
自分の行動もディーラーに読まれているとすると、今度はディーラーは自分の賭けた色と違う色を出すようにするだろう。
大金を賭けようと思うと、必然的にディーラーと利害が相反する。そこで勝つには、ディーラーの読みを外す必要があるわけで、それは素人には無理だろう。
結論
もし、ディーラーがランダムにギャンブルをプレイしていないのだとしたら、ディーラーと利害が一致するような賭けかたをすることで自分も勝てる可能性がある。
まぁ、色々書いたけど、実際のルーレットでは出目をコントロールするのは不可能っていう話もあるので、どこまで現実性・実用性があるのかは不明だ。
基本的には話半分に受け取ってください。
偶然かもしれないが、上にも書いたとおり自分はこの理論を二回実践して二回とも小額勝った。
ただ、実際のルーレットの賭けかたは複雑で、一見して何に賭ければディーラーと利害が一致するのか全然明らかじゃない。
実際自分が遊んでたときは、それを毎回考えるのに必死で、ギャンブルって言うより機械的な作業だった。
もっと素直に遊んだほうが楽しかっただろうなと思う。
住居選択の経済学的考察:住宅ローン
家を買うことを検討するまで住宅ローンについて考えたことなかったけど、今(2019年3月)だと金利0.5%ぐらいでお金借りれるんですね。
すごくないですか?
実際に住宅ローンを検討してて思ったことは
- ローンを組むにあたってかかる費用が銀行によってかなり違う
- いくらの物件を買って、いくら借りて、いくらを頭金にするのかという意思決定がある
このエントリでは、
- 実質金利による比較
- 頭金の割合考察
について書こうと思う。
実質金利
住宅ローンの表面金利は比べやすいんだけど、一方で、手数料のかかり方が銀行ごとに違っていて比較がしにくかった。
例えば、楽天銀行では手数料が一律32.4万円、住信SBIネット銀行だと手数料が借入額の2.16%、三菱UFJ銀行だと保証料が借入額の2.06%でそれプラス手数料が3.24万円かかる。
手数料と保証料
まず、この両者の違いは、手数料は払ったら戻ってこない、保証料は繰り上げ返済したら戻ってくるお金だという点。
ただ、保証料が戻ってくるといっても、あんまり戻ってこない。
保証料の細かい計算はよく知らないけど、銀行で聞いた感じだと、35年ローンを組んだとして
- 5年で返済したら半分ぐらい
- 10年で返済したら1/3ぐらい
- 15年で返済したら20%
- 20年で返済したら10%
もどってくるようだ。もし利率が同じで、手数料と保証料が同額なら、繰上げ返済する予定の人は保証料名目でお金を取られる商品が得だ。
とはいえ、上で書いたように35年ローンを10年で返しても1/3しか戻ってこないし、あんまり保証料の返還には期待しないほうがいいと思う。
実質金利
表面の金利が明示的でも、手数料名目でお金を取られるか、保証料名目でお金を取られるか、手数料が借入額に対して割合なのか、一定額なのかによって実質的に払う金利は変ってくる。でも、それを簡潔に比べるいい方法があんまりない。
ぐぐって見つけた範囲では、ダイアモンド不動産研究所のこのサイトが一番便利だった。
ただ、借入金額3000万円、借り入れ期間35年を前提に計算しているので、そこが違うと必ずしも正確な比較にならない。
特に、借入額が大きくなると、手数料が一定額の楽天銀行が得になるんだけど、自分の借入額のケースでそれを評価しようと思うと結局自分で計算しないといけなかった。
というわけで、自分でエクセルで計算したときに作ったものを置いておく。(本当はMatlabでやったけど)
実質金利を計算することで、異なる条件の住宅ローンを同じ条件で比べることができるようになる。
A | B | C | D | E | F | G | H | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 借入年数 | 表面利率 | 借入金額 | 保証料(割合) | 手数料(割合) | 手数料定額 | 実質利率 | 0にする値 | |
2 | 35 | 0.005 | 6000 | 0.0206 | 0 | 3.24 | 0.006267 | 0.001394 |
実際の自分の借入予定に合わせてA2からF2を入力して、
H2に
= (C2 - C2*D2-C2*E2 -F2 - ( (1+B2 )^(1/12)-1)/( (1+( (1+B2)^(1/12)-1) )^(12*A2)-1)*C2*(1+( (1+B2)^(1/12)-1) )^(12*A2)/( (1+G2)^(1/12)-1)/(1+( (1+G2)^(1/12)-1) )^(12*A2)*( (1+( (1+G2)^(1/12)-1) )^(12*A2)-1) )^2
を入力して、G2に関してソルバーとかを使ってH2の値を0にするようなG2の値を求めると、G2に実質金利が出てくる。
上の表では、例として三菱UFJ銀行(保証料が借入額の2.06%、手数料が3.24万円)で表面利率0.5%のとき6000万円借りたときの実質利率を導出している。
保証料と手数料を合わせると0.6267%ということになる。
式の意味は説明を省くけど、コピペすれば動く。*1
ソルバーの使い方は、ぐぐって見つけてください。僕はここを見て勉強しました。
目的セルを$H$2、指定値を0、変数セルを$G$2にして解くだけ。ソルバーが分からなかったら、G2の値を少しずつ動かしてH2の値を0に近づけてください。
頭金の割合
よく「利子支払いを少なくするために頭金を増やしたほうがよい」っていう言説を見かけるけど、あまり同意しない。
例えば、検討している物件をキャッシュで買えるぐらい貯蓄があったとしても、与信枠ギリギリまで借り入れるべきだと思う。
なぜなら、
*1: 具体的には、以下のように計算している。まず、借入年数と表面利率から毎月の返済額を計算する。次に、実際の借入額から手数料を引いたものを「実質借入額」とする。最後に、毎月の返済額の割引現在価値が実質借入額に一致するような利率を実質利率として計算している。