経済学雑感

経済学者です。

銀行合併:地銀再編

最近、地銀再編が話題だけど、そもそも銀行合併って何が問題なのか。
金融庁地銀の経営統合と独占禁止法の適用についてのメモを公開している。(PDF注意)
ここでは、自分の理解をメモ代わりにまとめてみる。(まだ未完で、時間があれば加筆しようと思っている。)

銀行に限らず、合併では

  • 合併による競争の減少
  • 合併による効率性の向上
  • 合併を促すことの是非

が主な論点になると思う。
あくまで経済学的な観点からの論点だけど。

合併の競争への影響

これも細かく分けると、いくつか論点がありえると思う。

  • 合併がどれぐらい競争を減少させるか。どの程度の合併なら許容するべきか
  • 銀行という市場特有の問題
    • 合併が競争に与えるのはどの市場なのか?
    • そもそも競争がある方が好ましいのか?

合併がどの程度競争を減少させるか

合併の価格への効果に関しては、たくさん先行研究がある。
結構まとめるのも大変なので、後日別の記事を書こうと思う。
「価格が上がるケースが多いようだけど、結構ケースバイケース」というのが僕の認識だ。
合併の他の効果(品質の低下など)については、あまりよく分かってないという理解だ。
(航空業界ではいくつか論文があるのを知っていて、「合併によって定時運行率が下がる」っていう研究があるようだけど、重要な問題に説得的に答えているという気はあんまりしない。一番説得的だと思ったのは、Paul J. Eliason, Benjamin Heebsh, Ryan C. McDevitt and James W Robertsが書いてるHow Acquisitions Affect Firm Behavior and Performance: Evidence from the Dialysis Industry。病院が買収されると、看護師のクオリティーを下げたり、利益率の高い薬を処方したりするようになるらしい。)

より実務上重要なのは、「どの程度、競争が阻害されることを許容すべきか」という点だと思う。
一般的には、HHIを阻害の程度を代理変数にして、HHIによるスクリーニングで許容するかしないか決めている。
例えば、公正取引委員会の企業結合ガイドラインでは、合併後のHHIと合併前後のHHIの変分をみて

  • HHI が1500以下
  • HHIが1500以上2500未満で、変分が250以下
  • HHIが2500以上で変分が150以下

の場合、企業結合が競争をただちに阻害することはないとして合併を認めている。

なぜHHIをみるのか?

最も教科書的な理解としては、HHIが産業全体のマークアップを示す代理変数だからだ。
それぞれ限界費用の異なるN企業が同質財市場でクールノー競争をしていたと仮定すると、
 \sum s_i \frac{p-mc_i}{p} = \frac{HHI}{\epsilon}
という関係がFOCから得られる。(sはマーケットシェア、mcは限界費用、εは需要弾力性)
HHIが高いほうが産業全体でのマークアップが高いので好ましくない、という論理だ。

より最近の論文では、例えば、Volker NockeとNicolas Schutzの論文, An Aggregative Games Approach to Merger Analysis in
Multiproduct-Firm Oligopoly,でHHIが企業結合による独占力増分の近似になっていて、社会厚生の阻害の度合いへの代理変数としても使えることを示している。

ただ、結局これらは「ある仮定のもとで理論的に正しい」ということで、HHIが合併審査に使われる実証的な正当性を与えているわけではない。
僕の知る範囲で、HHIで企業結合の是非を判断することに関する実証的な研究は存在しない。

HHIをどうやって測るのか?

実務上、HHIを測るのは容易ではない。
正直に書くと、あまり僕自身も詳しくない。

一般的に「市場」を誰の目にも明らかなように定義するのは非常に難しい。
例えば、マクドナルドのハンバーガーはどの市場に属しているのだろうか?マクドナルドがバーガーキングを買収しようとしたときに、HHIはどう計算されるべきだろうか?
市場を、「ハンバーガーチェーン」として定義すると、合併によってHHIはすごく大きくなりそうである。
一方で、消費者は容易に他のファストフードでマクドナルドを代替できるとも考えられる。マクドナルドのハンバーガーが高ければケンタッキーに行けばよい。そう考えると、マクドナルドが独占力を行使する余地も低いし、市場は「ファストフードチェーン」として定義されるべきかもしれない。
さらにいうと、消費者はファストフードチェーン以外にも外食のオプションがあり、それらはハンバーガーと代替的であるともいえる。
そうすると、対象とするべき市場は「外食産業全体」であるかもしれない。
それぞれのケースでHHIの値は大きく異なることが容易に推察される。

過去の例では、(合併ではないけど)アルミニウムの市場における過去の反トラストケースで、「新しく精製されたアルミニウムだけが市場」か「リサイクルされたアルミニウムも市場に含まれるか」が裁判で争われたこともある。
アメリカでは、問題になりそうな合併に際して企業側がエコノミストを雇うことが一般的だが、「いかに経済学的なバックグラウンドを使って企業側に有利なようにHHIを定義できるか」というのが彼ら腕の見せ所でもあると思う。

銀行という市場特有の問題

銀行の合併特有っぽい問題を考えてみる。

合併が競争に与えるのはどの市場なのか?

銀行が提供する財・サービスは、通常とことなる。
一方で預金者から預金を集め、もう一方でそれを貸し付けたり債権を買ったりする。仲介者としての役割が大きいと思う。
そのため、銀行の合併を考えるとき、両サイドを考える必要があると思われる。さらに貸出側を細かく分けると、

  • 預金市場に与える影響
  • 貸出市場に与える影響
    • 個人向け貸出
    • 中小企業向け貸出
    • Middle Market Lending(適切な日本語訳が見つからなかった)
    • 大規模貸出
    • 住宅ローン

あたりだろうか。

ちなみに、米国の銀行合併の審査では、FRBは主に預金市場を、DOJは預金市場・Small Business Lending・Middle Market Lending・Mortgage Lendingあたりをみてる。
より詳しくは、これに関しても後日記事を書こうと思う。


銀行合併はどの市場に影響を与え、合併審査はどの市場を重視するべきだろうか。
例えば、預金市場でのHHIが著しく増大するが中小企業融資のHHIは変化しないような合併があったとして、公正取引委員会排除命令を出すべきだろうか。
また、各市場をどのように定義すべきだろうか。

  • 融資市場をどう定義するか?
  • 地理的に市場をどう定義するか?

前者に関しては、貸出額や貸出先の売上やEBITAで分けることが多いと思う。
経済学の先行研究では、預金市場や中小企業向け融資は地域性が強い一方、大規模な貸出は地域性が薄いことが知られている。
実務的には、どう分けるっていうのはやっぱり難しい問題なんだと思う。
(米国では(FRBのレビューだと)かなり正確な”市場”の定義が規制側にも企業側にも明確に共有されている。)


そもそも競争がある方が好ましいのか?

銀行は他の財・サービスの市場と異なり、情報の非対称性が非常に重要である。
お金の借り手は貸し手に比べてより(事業の採算性や返済能力などについて)多くの情報をもっている。
そのような情報の非対称性が存在する市場では、通常成り立つような市場の良い性質が成り立たないことがよく知られている。

Financeの先行研究を掘れば死ぬほどいっぱい色んな論点が出てくると思うけど、貸出市場では貸手側の競争が必ずしもいいとは限らない。

  • 独占的に貸し出すことで借り手の情報を蓄積することができ、情報の非対称性を解消できる
  • 長期的な視点で考えると、貸し手側が競争的だと長期的な利益を見越した融資をするインセンティブが損なわれる。

後者は、例えばthe long term project mechanism と呼ばれてPetersen and Rajan (1995)とか Boot and Thakor (2000)で指摘されている。

また、通常のメカニズムに加えて、競争がないのが良くないっていう論点もある。
例えば、the Charter Value Hypothesisと呼ばれる仮説で、競争がないと銀行はよりリスクを取らなくなるのではないかという論点もある。

実証的には、競争の有無が銀行のパフォーマンスにどう影響するかっていうのは良くわかっていないと思う。

合併による効率性の向上

主な問題は、(競争の減少によるマークアップの上昇以外に)銀行はなぜ合併したいのか?ってことなわけだが、はっきり言って、(経済学的にって意味だけど)実証的になぜ合併が効率性を向上させるかってほとんど分かっていないと思う。

まぁ、はっきり言ってよくわからない。

合併を促すことの是非

企業結合に限らず衰退産業とか規模の経済が存在するような業界では、競争を抑制して企業間の協調を促すというのはたまにある政策だと思う。
例えば、

これに関しても、銀行に限らず結構色々な論点があるので、別の記事を書きたいと思っている。